「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」の速やかな修正を求めます
2020年5月18日
公益社団法人日本図書館協会
理事長 小田光宏 様
図書館問題研究会
委員長 中沢孝之
「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」の 速やかな修正を求めます
このたび2020(令和2年)5月14日付けで日本図書館協会が公開した「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」は、「図書館の自由に関する宣言」「第3 図書館は利用者の秘密を守る」に反するものであり、図書館問題研究会は下記の通り抗議し、当該ガイドラインの早期撤回または修正及び説明を求めます。
記
当該ガイドラインでは、「氏名及び緊急連絡先を把握し、来館者名簿を作成する」(p5-6 ②来館者の安全確保のために実施すること)として、利用者の来館記録を残し、公的機関に提供することを明記しています。これは、「図書館の自由に関する宣言」の「第3 図書館は利用者の秘密を守る」に反し、宣言の本旨から逸脱しています。
政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」や、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」においても、来館者名簿の作成は必須とはされておらず、同様に不特定多数が訪れる役所や博物館、民間商業施設等でも来館者の名簿作成は求められていません。また、2020年5月10日に貴会の図書館の自由委員会から発信された「COVID-19に向き合う」「来館記録の収集は推奨しません。」でも、「感染者の行動調査から図書館への立ち寄りが判明したとしても、その感染者と同時刻に来館した利用者」は濃厚接触者にはあたらないとして、来館記録を収集せずに感染症拡大防止対策を取ることを推奨しています。また、図書館実務の観点からも名簿作成には困難が伴います。このように来館者名簿の作成は、感染症拡大防止対策としても整合性・合理性に乏しく、利用事実の秘密を侵すほどの必要性、妥当性は認められません。
文部科学省が全国の自治体に当該ガイドラインを参考とするよう通知していることから、地方自治体及び教育委員会では図書館での名簿作成が必要なものととらえられ、感染拡大防止に尽力しながら再開を目指す図書館現場では対応に苦慮する声が多数あがっています。また、当該ガイドラインと図書館の自由委員会の見解が相反しており、図書館現場に少なからず混乱が生じています。
これらの理由により、当該ガイドラインにおける来館名簿の作成の記述を速やかに削除するほか、以下の項目について速やかに修正するよう要請します。また、新たなガイドライン作成にあたっては、日本図書館協会の内外から意見を求め「図書館の自由に関する宣言」を踏まえるとともに、緊急時の図書館のあり方についても広く議論していくことを求めます。同時に5月14日付、当該ガイドライン作成プロセスについても説明を求めます。
1. 「○氏名及び緊急連絡先を把握し、来館者名簿を作成する。」(5p)との条項を削除する。
2. 「○可能であれば、導入が検討されている接触確認アプリ等を活用して、来館者の感染状況等を把握する。」(6p)との条項を削除する。
3. 「○来館者に、来館前に健康状態の確認と検温を行うことを促し、下記の状態である場合は、入館を制限する。」(5p)について、利用者への呼びかけにとどめる。
4. その他、「書架等で閲覧(ブラウジング利用を含む)した資料を直接書架に戻さず、返却台に置くよう求めるなどの注意喚起を利用者に対して徹底」(4p)など、必須と受け取られる表現は避け、各自治体及び図書館における検討に委ねる。
【5/20追記】5月20日に日本図書館協会よりメールで以下の回答がありました。
いつもお世話になっております。
日本図書館協会総務部長の高橋と申します。
このたびは、ご意見ご要望をお寄せいただきましたが、返信が遅れ
「来館者名簿」のことについては、本日、補足説明を協会HPに掲
他のご要望につきましては、ガイドラインの更新版を作成する中で検討してまいりますので、ご了承のほどお願い申し上げます。
また、日本図書館協会より 「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドラインの「来館者名簿の作成」の運用に関する補足説明」が公開されました。
【5/27追記】 5月26日付で、日本図書館協会より「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン(更新版)」が公開されました。
図書館問題研究会からの要求事項については、
1. 「来館者名簿の作成」は、 「氏名及び緊急連絡先を把握する」に変更されましたが、記述は残っています。
2. 接触確認アプリについては、「感染者通知システムや接触確認アプリ等の 活用を来館者に呼びかけることも考えられる」に変更されましたが、記述は残っています。
3. 「入館を制限する」との記述は、「改善後に来館するよう要請する」に変更されました。
4. 「返却台に置くよう求めるな どの注意喚起を利用者に対して徹底」との記述は残っています。
また、「本ガイドラインに示した基本 的事項は、開館に際して、すべて実施することを義務づけるものではない。また、基本的 事項のすべてが、全国一律に当てはまるものでもない。各図書館は、本ガイドラインに記 した基本的事項を実施する必要があるかどうかを、「3.適用」に記す手順に沿って主体的 に判断することが求められる」(2p)といった記述が加えられています。
【6/8 追記】6月6日付で日本図書館協会より「「図書館における新型コロナウイルス感染症拡大予防ガイドライン」に関するご要望について(回答)」が送付されました。
2020年6月6日
図書館問題研究会
委員長 中沢 孝之 様
公益社団法人 日本図書館協会
理事長 小田 光宏
「図書館における新型コロナウイルス感染症拡大予防ガイドライン」に関するご要望について(回答)
日頃当協会の事業運営につきましては格段のご配慮を賜り心からお礼申し上げます。
お寄せいただきました
ご要望について回答させていただきます。
まず,「ガイドライン」の作成プロセスについてのお尋ねですが,「ガイドライン」は,専門家会議で提言されたことを踏まえて,理事会メンバー,図書館の自由委員会委員長,図書館政策企画委員会委員長,公共図書館部会長のご意見を伺いながらまとめたものです。作成経緯・作成過程の概要は,5月28日に,当協会のホームページ上に公表しましたので,ご確認ください。
次に,「ガイドライン」の修正に関するご要望ですが,すでに「ガイドライン」に対する「補足説明」を5月20日に示し,また,5月26日には更新版を公開しました。これらによって,貴会のご認識も新たなものになっているのではないかと思われますが,以下,回答申し上げます。
この「ガイドライン」は,図書館が再開館を模索する際に,新型コロナウイルス感染症COVID19)拡大の予防策として検討すべき基本的事項を整理したものです。その際,図書館という施設の特性に鑑み,いわゆる「三つの密」だけではなく,資料等を介しての接触感染のリスクを予防することを重視しました。
貴会から修正を求められた4点は,実施するかどうかを検討すべき基本的事項,あるいは,実施方法の例示または留意事項となります。例えば5月14日に公表した「ガイドライン」で基本的事項とした,「氏名及び緊急連絡先を把握し,来館者名簿を作成する」ですが,その後,名簿形式の文書を整えるという限定的な理解につながる様相が見られたことから,更新版では「氏名及び緊急連絡先を把握する」として,この事項の趣旨を明確にしました。
「氏名及び緊急連絡先を把握する」は,基本的事項の一つですから,各図書館が再開館しようとする場合,それぞれの状況をもとに感染症拡大のリスク評価を行い,実施の必要の有無について検討した上で,必要があると判断した際に実施することになります。開館に際して,すべて実施することを義務づけるものではありませんし,基本的事項のすべてが,全国一律に当てはまるものでもありません。
また,この事項に関しては,利用者のプライバシーに対する配慮についても検討することを記載し,「図書館の自由に関する宣言」に示された考え方を尊重しており,この事項のもとに「注」を添えて,図書館の自由委員会の見解についても紹介しています。上述の作成経緯・作成過程において示したように,「ガイドライン」の策定・更新にあたっては,図書館の自由委員会と連携・協力しており,記載内容についても確認をお願いしています。それゆえ,図書館の自由委員会の見解と相反するものになっているとは考えておりません。
ご指摘の問題の背景には,本人及び他者の命を尊重すること,健康で文化的な最低限度の生活を営むことを尊重すること,個人のプライバシーを尊重すること,人々の知る自由を尊重することといった各種の権利に関して,権利と権利の間に「衝突」が見られるという点があると考えます。新型コロナウイルス感染症(COVID19)の感染拡大により,人命が脅かされる危険性さえある中で,人々の知る自由を保証するために図書館を開館する際の方策の一つとして,適切な意思決定に基づいて,明確な方針・内容・方法等を説明した上で,図書館が個人情報である氏名と緊急連絡先を把握することは,人命,知る自由,プライバシーのいずれをも尊重して調整する営みであると認識しております。
さらに,「ガイドライン」では,その性質上,基本的事項の図書館における実行可能性にまで踏み込んだ記載をしていません。図書館の職員体制や施設の状況により,氏名や緊急連絡先を把握することが難しい図書館もあると考えます。この点において,貴会のご指摘と私たちの認識は一致しています。しかし,そのことをもって,検討すべき基本的事項から削除する理由にはならないと判断しました。
当該項目に関しては,『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説』第2版(日本図書館協会,2004を読み込んだ上で策定を進めました。同書では,「利用事実」に関して,次のように記載しています。p.36より引用)
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これら[読書事実以外の利用事実]も利用者のプライバシーに属するものであるから,本人の許諾なしに第三者に知らせてはならない。来館のつど,施設の利用に関して,入館記録,書庫立入簿などに住所・氏名を書かせることのないようにし,登録手続きの際にも必要最小限の記録にとどめるようにすることが望ましい。
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「ガイドライン」では,この解説の趣旨を踏まえて氏名および緊急連絡先を把握する際には,本人に説明し,同意を求めることの必要性に触れています。
また,図書館の自由に関する宣言の内容に関して,感染症への対応との関係で検討した文書は,「ガイドライン」策定時には確認できませんでした。それゆえ,ご指摘の点に関しては,感染症の拡大防止という視点からの実質的な議論を,図書館の自由委員会の協力を得ながら進めていくことが望ましいと考えております。
今般の事情によるものとは言うものの,回答が遅くなりましたこと,お許しください。貴会のますますのご発展を,お祈り申し上げます。