「マイナンバーカード」を図書館カードとして使用することについて慎重な検討を求めるアピール
2017年3月6日
「マイナンバーカード」を図書館カードとして使用することについて慎重な検討を求めるアピール
図書館問題研究会全国委員会
現在、総務省などの働きかけにより「個人番号カード」、通称「マイナンバーカード」を図書館カードとして利用しようとする動きが強まっている。私たちは、マイナンバーカードを図書館カードとして利用することは、図書館利用者にとってのメリットが少ない半面、導入に付随して発生する問題が多いため適切でないと考える。住民・図書館利用者にとってサービス向上につながるのか、図書館運営における各種の問題を克服しているか、導入コストがメリットに比して妥当か等、多くの検討すべき問題がある。私たちは、全国の公共図書館、自治体に、図書館現場の声を取り入れてこれらの問題を慎重に検討し、対応するよう呼びかける。詳細は以下を参照されたい。
1. 経緯
個人に12桁の識別番号である「個人番号」(マイナンバー)を付与する「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」は2013年5月に成立し、2015年10月より番号指定を開始、2016年1月より利用が開始された。「個人番号カード」、通称「マイナンバーカード」は同法に基き発行される身分証明カードであり、氏名、住所、生年月日、性別、写真、有効期限等が表面に、個人番号が裏面に記載されている。また、ICチップが埋め込まれており、ICチップには券面記載事項及び公的個人認証サービスによる電子証明書が搭載される。従来の住民基本台帳カード(住基カード)は、マイナンバーカードに置き替えられることになった。
総務省は早い段階より、ICチップの空き領域の利用方法として公共図書館の利用者カード機能を例示していたが、マイナンバーカードの交付率が1割弱にとどまっており普及が進んでいないことから、利便性を高めることで普及につなげるとして、「マイナンバーカード」を「図書館カード」として使用するために積極的な働きかけを行なっている。2016年11月には、マイキー[1]を用いた「新たな仕組み」をつくる方針を固めたと報道され[2]、これまでのカードAP方式、公的個人認証(JPKI)方式に加え、2017年8月よりマイキープラットフォームの実証実験をはじめるとされている。2016年12月14日に日本図書館協会において「マイナンバーカードの図書館利用に関する説明会」が総務省審議官を講師として行なわれ[3]、その後も各地で総務省の説明会が開かれている。
現在、姫路市をはじめ複数の自治体でカードアプリケーション(カードAP)方式、または公的個人認証(JPKI)方式でのマイナンバーカードの図書館カードとしての利用が始まっているが、その利用者は多くはないと報道されている[4]。これは、住基カードを図書館カードとして利用する自治体でも同様の問題が指摘されてきた。
総務省は地方自治体で個人へのカード発行枚数が多いものとして図書館カードをあげ、マイナンバーカードの普及のために図書館カードの機能を付加することを目指していると考えられる。
2. マイナンバーカードを図書館カードとして利用する方法
現在、マイナンバーカードを図書館カードとして利用する方法には3つの方法が想定されている。
1) カードAP方式
カードAP方式は、マイナンバーカードのICチップの空き領域(条例利用領域)に図書館カードの機能を持たせるアプリケーションを搭載する方式である。
新潟県三条市の事例では、まず利用者は市役所の窓口でAPのダウンロード等の手続きを行なう。その後、市役所より図書館にデータを送り、図書館システム(または外付けのDBで)でAP利用者IDと図書館カード番号の紐づけを行なう。
他の方式と比べ、外部と通信する必要がないという利点があるが、条例でマイナンバーカードの機能として図書館カードとして用いることを規定する必要がある[5]。他の方式に比べ、図書館用APのダウンロードや書き込みを図書館で行なうことが難しく、手続きが煩雑であることがデメリットと考えられる。また、マイナンバーカードのICチップの容量には制限があるため、多くのアプリを導入することは難しい。住基カードでの図書館利用を行なっていた自治体などを中心に、複数の自治体で導入されている。
(三条市総務部情報管理課「マイナンバーカードによる独自サービス」(PDF) 9P)
2) 公的個人認証(JPKI)方式
JPKI方式は、マイナンバーカードを用いた公的個人認証サービスを利用する方式である。利用者は、マイナンバーカードを読み取らせるとともに、パスワードを入力することで、個人認証を行なうことができる。このサービスは、現在地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が提供しており、コンビニでの証明書発行業務などにも利用されている。
2016年11月にJPKI方式でサービスを開始した姫路市では、電子証明書発行番号を図書館カード番号と図書館システム内で紐づける形で貸出を行なっている。
カードAP方式に比べると、条例が不要で初期の手続きの煩雑さは少なくなっているが、貸出の際にパスワード入力が必要なこと、公的個人認証サービスを利用し外部通信する必要性があること、図書館システム内に電子証明書発行番号を保持する必要があることなどがデメリットと考えられる。
3) マイキープラットフォーム
マイキープラットフォームは、総務省によれば「マイナンバーカードのマイキー部分を活用して、マイナンバーカードを公共施設や商店街などに係る各種サービスを呼び出す共通の手段とするための共通情報基盤」[6]とされている。JPKIの公的個人認証に比べ、民間活用可能というところが打ち出されており、自治体ポイントなどの機能を活用することで「地域経済の活性化・好循環拡大」が企図されている。総じて、マイナンバーカードを公的利用に限らず民間のポイントカードのように利用可能とするとともに、カードAP方式のICチップ容量の問題を克服することが目的と考えられる。
マイキープラットフォームは、利用者に対してマイキーIDを発行し、図書館サービスを含めた各サービスのマイキーID管理テーブルを保持する。導入図書館は、ID管理テーブルに図書館カード番号を登録しマイキープラットフォーム内でマイキーと図書館カード番号は紐づけられる。登録後は、利用者がマイナンバーカードを提示し、マイキープラットフォームに照会すると、マイキープラットフォームから図書館カード番号が提示される。
JPKI方式と同様、条例は不要である。一方、パスワードの入力は不要だが、マイキーの設定を事前に行う必要がある。利用者個人が自宅でマイキーを設定することも可能とされているが、カードリーダ等が必要であり現実的ではない。このため、役所窓口等での事前登録や、図書館でのマイキー設定機器が必要となる。また、JPKIと同様に外部通信が必要である。マイキーIDを図書館システム等で保持することも可という考えもあるようだが、これは外部の共通IDを図書館システム内で保持するという別種の問題を発生させる。
マイキープラットフォームはまだ稼動していないため、導入館は存在しない。
(「「マイナンバーカード」を活用した地域経済好循環の拡大に向けた取組」(PDF) 4p)
3. マイナンバーカードを図書館カードとして使用することの問題
マイナンバーカードを図書館カードとして使用することには、以下のような複数の問題があると考えられる。
3.1 技術的な問題
公的個人認証(JPKI)方式及び、マイキープラットフォーム利用では、図書館の貸出等のサービスの際に、新たに外部ネットワークとの通信が必要である。従来の図書館システムサーバとの通信に加えて、別途外部ネットワークとの通信が頻繁に発生することは、機器コスト、回線コスト、セキュリティなどの点で望ましいことではない。また、これらの方式では貸出履歴等は扱われないが、誰がいつどの図書館で認証手続を行ったというログは発生し、その扱いが問題となりうる。
3.2 コストの問題
ICチップのリーダライタが各端末に必要となる。それ以外にシステム改修でどの程度のコストが必要かは明らかになっていない。また、外部ネットワークとの接続について、どの程度のセキュリティ要件が課せられるのか明らかでないが、追加の機器、回線が必要となることも考えられる。また、後述するように、初期手続き等でマイナンバーカードへの書き込み機器を図書館に備え付ける場合には、セキュリティ面でも高い要件を要求されることになるだろう。
自動貸出機やリライト式カードを導入している図書館では、追加のコストが発生する可能性がある。移動図書館車での貸出対応も必要であろう。それ以外にも、セルフ予約棚や座席予約システムなど従来の図書館カードでの利用が設計されているサブシステムにおいては追加のコストが発生することが予想される。
これらの追加コストは各自治体が負担することとなるが、その負担が導入メリットに比して適切なものなのかは慎重な検討が必要である。
3.3 図書館サービス運用上の問題
1) マイナンバーカード利用者にも図書館カードは従来どおり発行を続ける必要がある
マイナンバーカードを図書館カードとして使用することのメリットは、カード枚数を少なくすることとされている[7]。しかし、図書館カード及び利用者番号の発行はマイナンバーカード利用者にも必須と考えられる。これは、インターネット予約等のIDを利用者番号としている図書館が多いためである。住基カードを図書館カードとして使用していた自治体では、利用者番号を住基カードに貼付するなどの対応をしていたところもあったが、マイナンバーカードでは券面に表記することはできないため、利用者IDが記載されたカードとして従来の図書館カードの発行は続けることとなる。このため、カード枚数が減らせるという「メリット」は、図書館来館時に持参しなくてよいという程度の意味しかない。
また、各図書館に必要な利用者情報はマイナンバーカードから引き出せるわけではないため、マイナンバーカードを所持していたとしても各自治体で別途図書館の利用登録は必要である。
2) 初期手続き・貸出手続きが煩雑である
カードAP方式及びマイキープラットフォーム利用では、初期手続きが煩雑である。どちらもマイナンバーカードへの書き込みが必要となり、役場本庁舎で手続きを行なうか、図書館で書き込み機材を整備することが求められる。利用者が自宅でマイキーIDを書き込むことは用意する機材の面からも現実的ではない。公的個人認証(JPKI)方式はこの点での煩雑さは少ないが、貸出時のパスワード入力が必須となり、貸出時の手続きに時間がかかることとなる。
また、図書館カードの種類、貸出方式の種類が増加することは、必要な機器が増えることに加え、貸出手続きの煩雑さが増加し、とりわけ利用が多い図書館においては円滑な図書館運営の妨げとなることも予想される。
3) マイナンバーカードの亡失リスクの増大と本人使用の厳格化
マイナンバーカードは、図書館カードと比べ重要性の高い機微情報が記載・格納されたカードであり、身分証としても機能し、本人が慎重に管理することが求められている。公共図書館において図書館カードの亡失・紛失、及び再発行は頻繁に発生しているが、マイナンバーカードを図書館の貸出等で頻繁に提示を求めることは、亡失等のリスクを増大させることが危惧される。
また、公共図書館では、予約の受取などをはじめ、家族の図書館カードを委任されたものとして利用することがあるが、マイナンバーカードは本人以外が使用することは予定されていない。
3.4 図書館の自由に関する問題
マイナンバーカードを図書館カードとして利用する3つの方式は、いずれも提示されたマイナンバーに格納された情報と図書館の利用者番号を結びつけるもので、図書館資料の貸出履歴等を保持するものではない。しかし、前述した外部ネットワークとの接続により脆弱性が増加することに加えて、図書館の自由に関しては二つの問題が指摘できる。
一つはマイキープラットフォーム等における図書館からのログの管理方法が不明な点である。とりわけ、マイキープラットフォームは様々なサービスのポイントカードとして利用することが構想されており、それらの履歴と図書館利用の履歴がマイキーIDによって紐づけられるとすれば、図書館の自由の問題となりうる。
もう一つは、日本図書館協会の「貸出業務へのコンピュータ導入に伴う個人情報の保護に関する基準」(1984年)では、「登録者の番号は、図書館で独自に与えるべきである。住民基本台帳等の番号を利用することはしない。」との条項があり、図書館システム内部に利用者IDとは異なる共通IDを保存するとすれば基準との関係が問われることとなるだろう。ただし、同基準は1984年に制定され、マイナンバーカードの利用などが想定されているものではない。
4. 自治体を越えた図書館利用や共通利用カードへの対応について
マイナンバーカードを図書館カードとして利用することの議論にあたり、自治体を越えた共通利用カードとして機能するという期待が語られることがある。また、総務省は「マイナンバーカードの活用による新たな地域経済活性化手法例」として、「都道府県内図書館等共同利用方式(素案)」や「全国のデジタル仮想図書館(仮称)の連携機能」などが検討しうるとしている[8]。
利用者が在住自治体や勤務地の自治体、通勤沿線の自治体の図書館を使い分けるといった利用実態は、首都圏をはじめとして都市部に見られる。その一方で、地方においては自家用車を利用しないと図書館にアクセスできない地域も多く、複数自治体の使い分けはほとんど見られないという地域も多い。このように、地域によって自治体を越えた図書館の利用に格差がある状況の中で、一律に「共通利用カード」の必要性を議論することには無理がある。各地域の図書館、各都道府県の図書館協会、日本図書館協会などが、地域の実状を踏まえつつ使いやすい共通利用カードのあり方を検討することが必要であり、マイナンバーカードという機微情報が格納されたカードでこれを一挙に実現するかのような議論は、図書館現場を無視した結論が導かれるのではないかという危惧を抱かざるをえない。
また、これまでに指摘したようにマイナンバーカードによって図書館カードが完全に代替されるわけではなく、個別の図書館での利用登録も必要であり、現状では図書館カードを持参しなくてもよいという程度のメリットしかない。
5. 各図書館、各自治体は慎重な検討・対応を
現在、総務省はマイナンバーカードを図書館カードとして利用するよう各地で説明会を行なうなど自治体への働きかけを強めている。しかし、図書館カードを持参しなくてよいという「メリット」は、導入コストやそれにまつわる種々の問題を引き受けるに足りるものとは考えにくい。図書館カードを持参しなくてよいということを重視するのであれば、FeliCaやおサイフケータイを図書館カードとして利用できるサービスを導入している図書館は複数あり、こちらの方が機微情報の記載されたマイナンバーカードを提示しなくてよいという点でより図書館サービスに適合しているとも考えられる。
マイナンバーカードを図書館カードとして利用することは、身分証を提示し、その個人を利用者データベースから検索して貸出手続きを行なうこととほとんど変わりがない。公共図書館は図書館利用のハードルを下げ、貸出等の手続きを簡便に行うために身分証とは異なる図書館の利用カードを導入してきた。マイナンバーカードの図書館カードとしての利用は、こうした流れに逆行するものでもある。
マイナンバーカードの普及率を上げることは政治課題であり、総務省や内閣府はこれを強力に推進している。マイキープラットフォームにおいて構想されている自治体ポイントや民間カードポイントの「地域経済応援ポイント」としての付与などが、「マイナンバーカードの活用による新たな地域経済活性化手法」として地方自治体に向けて提唱される中で、普及のカギとして発行枚数の多い図書館カードがターゲットになっていると言えるだろう。
しかし、こうした流れの中でのマイナンバーカードの図書館カードとしての導入は、図書館サービスにおける必要性や住民・利用者のメリットを置き去りにしたものである。現時点ではどの程度コストがかかるかも不明であり、検討すべき問題も多数ある中で、図書館現場で十分な検討もせずに導入することは将来に禍根を残しかねない。
各図書館、各自治体においては、導入にあたって考えられる諸問題を考慮したうえで、導入が図書館サービスにとって必要なのか、住民・図書館利用者にとってサービス向上につながるのかを慎重に検討し、対応するよう呼びかけるものである。
[1] ICチップの空きスペースと公的個人認証の部分で、国や地方自治体といった公的機関だけでなく、民間でも活用できるもの。http://www.soumu.go.jp/kojinbango_card/cardrikatsuyou.html
[2] 時事ドットコムニュース 2016.11.10「全国の図書館、カード1枚で=マイナンバーで来夏にも-総務省」
[3] 「マイナンバーカードの図書館利用に関する説明会、開催される」
[4] 「「図書貸出券」3方式に マイナンバーカード利用 乱立なぜ/ 「IT業界へ公共事業」指摘も」東京新聞 1/23
[5] 行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律 第18条
[6] 「マイキープラットフォーム構想の概要」(PDF)
[7] 「「マイナンバーカード」を活用した地域経済好循環の拡大に向けた取組」(PDF) 7Pなど
[8] 「「マイナンバーカード」を活用した地域経済好循環の拡大に向けた取組」(PDF) 13Pなど